今年の10月は秋雨前線が長く居座り、雨と寒い日が続き、台風も2週連続して襲来した。例年周期的に変わる秋の天気なのに、雨天中止を決め参加者にメール配信すると、会員から山に行けずストレスがたまりますと返信をいただきました。
春、雪解け遅れ開花も遅れ、4月カッコウソウ求め向かった鳴神山には咲いてなく、下山後里に咲くカッコウソウと対面し何とかつくろう。5月はサンショウバラの不老山、途中までは蕾状態、山頂に近づくと見事な花に出会へホットした。
夏は空梅雨で気象庁が梅雨明け宣言すると梅雨空が続き、台風5号の襲来で「上高地でテント」の例会は1日繰り上げて帰宅したことも有りました。
このよう異常気象?の今年、2月から高尾山~大阪・箕面までを結ぶ東海自然歩道を歩き始めました。連続歩行ですから雨天中止で穴を空けるわけにはいきません。当初4月に計画した丹沢山塊の焼山から西丹沢、10月には台風22号の襲来で再度中止を余儀なくされてしまいました。来年は天候が安定し計画通り例会が開催出来る事を期待しましょう。
9月、例会「東海自然歩道⑧長者ヶ岳」で長者ヶ岳と思親山の2座を登る。「山梨百名山」の標柱が新しく建て替えられていた。今まで何気なく見ていたが、今回の福本ご夫妻の行方不明事故で、ナント積み深い山梨百名山なのだろうと思い考察を試みた。
我々は東海自然歩道を歩く例会ですから縦走ですが、マイカー登山が主体では往復登山になります。長者ヶ岳は5、6時間。思親山は佐野峠から2時間弱のハイキング。山梨百名山のイメージは日帰りで誰でも楽しめる、山登りであると思っておりました。それが笹山、鋸岳、鶏冠山等満足に登山道が無い山の名が連なっているのにはびっくりしました。
1997年2月に山梨県によって選定された、「官」製なので、決定当時ほとんどの町村に「名山」を入れられた結果、幅広いグレートの名山が誕生した、言われのようです。過去に例会を組み、会員に希望を叶えて上げたこともある山梨百名山、やはり事故の多発か?山梨県のホームページにはグレー
トが掲載され、注意を喚起しております。安全で楽しい登山の為に。
7月、会員の福本ご夫妻が山梨百名山と言われる笹山に出かけ、行方不明になりました。
発端は登山口の塩見橋の駐車場に2週間前から習志野ナンバーの車が駐車しているとの情報が山梨県警に入り、ナンバーから福本氏所有と判明しました。留守宅の暦には7月24~27日笹山と記載され、車内から笹山登山道のメモ書き、テント・シュラフ2ヶ入ったザックが残されていた。
登山届が警察、コンパスにも未提出で本当に笹山に入山したのか不明だが、山梨県警南部警察署は前記を信用して捜索を開始した。
毎月「山嶺」に、「個人山行を計画する会員への記載で登山計画書の提出をお願い致しております。
例会山行は係が登山計画書を提出しますが、単独は勿論2名以上で行く個人山行、例え高尾山でも登山計画書は必ず作成して提出してください。TVでも紹介有りましたコンパス(COMPASS)はパソコン・スマホから簡単に計画書作成し送信出来ます。送信後登山計画を受付しましたと、メー
ルが届きます。下山後下山届のメールを送信すれば完了です。
先月山小屋に1泊してギリシャのオリンポス山に登って来ました。地中海気候で夏は乾季ですが1年を通し雨量は少なく、登山道には雨水を逃がすような溝などは見当たりません。日本に良くあるドッコイショと上り下りする段差は無く、非常に歩き易い道が続いておりました。ただし乾季にもかかわらず
沢山の高山植物が咲き乱れておりました。
今回宿泊した、スピリオス・アガピトス小屋は登山客の絶対数が少ないから出来る事なのかもしれませんが、今まで経験したことのないほど快適な山小屋でした。受付後先ず、登山靴からスリッパに履き替え、小屋番からレクチャーを受けました。フロント以外全てスリッパ着用、寝室での食事と談話禁止、ドアの開け閉めを静粛など言われました。2段ベット3式=6名で部屋に入り、敷布団.にシーツを敷、毛布にもシーツをあてがいました。雪渓利用の水洗トイレは便座が無い一体化されたタイプで、シャワーも併用されていたが男女共用でした。
海外に行くと日本人の静粛への認識不足が謙虚に現われます、注意したいと思います。
過日朝、雨が心配で足和田山に向けスタート。下山後、北口本宮冨士浅間神社に戻り参拝して、バスに乗ると雨が降りだした。
中央道の上りはいつものような渋滞。小仏トンネル過ぎてヤレヤレと思うのも、つかの間珍しく?八王子IC手前500mから再度渋滞。休憩の石川PAは大型車の駐車スペースは満車、トイレに向かうと小型車は空きスペースも有った。トイレには凄い列ができている、TさんAさんが戻ってくる「列が長いので戻ります」と、イヤこれから先も渋滞ですよと促し、バックしてもらう。女性トイレに負けじと男性トイレにも長い列。バスに戻ろうと井上さんと声がかかる、振り返ると我女性陣が右手の簡易トイレスペースに皆様すっきりしたお顔で集合していた。さすがに旅慣れていて、長い列を避け視界広げ、右隣の簡易トイレに並び済ませた。「先客の男性は驚き移動して行きました」と、男性は小心者です。
バスにて移動中、休憩で車外に出る場合交通事故に注意して、安全に早くトイレ、買物を済ませ時間内にバスに戻りましょう。
公益社団法人東京都山岳連盟の通常総会が5月30日開催され出席しました。 亀山会長、小野寺日本山岳・スポーツクライミング協会常務理事の挨拶後、議事が進められた。
以上主たる内容報告致しました。
平幕での優勝者は横綱にはなれないとのジンクスがあった当時、佐田の山関は第50代横綱に昇進致しました。ただ大鵬と柏戸の大型横綱の全盛期、やや小型で真っ向勝負の横綱は短命で引退し、その後相撲協会の理事長を努めました。
ある時日経紙面で、境川親方の登山は楽しいとの記事を拝見しました。お相撲さんも山をやるのだと感心致しました。確か私が群馬に赴任中、市川晋松氏は東京野歩路会に入会致したと記憶しております。親しむ会にも出席いただき当時の上島代表と並ぶ集合写真を拝見すると市川氏の方が小柄? 奥多摩駅前の河原での集中山行の時、石橋博之氏が本仁田山例会に氏をお連れし参加し、御一緒する機会がありました。確かにそれほど大きくないが、がっちりした体躯はさすが元横綱と印象を受けました。理事長時代切れ者と言われた元親方は、晩年は恵まれず山に喜びを見つけ、盛んに登山に精を出されたと伺っておりました。
元会員市川晋松氏は4月27日亡くなりました79歳でした。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
大山洋子様がお誕生日の翌日3月14日85歳で亡くなりました。
私は中学生になった息子と佐藤氏の赤倉スキーの例会に初めて参加したのが大山さんとの出会いでした。大山さんの活動はスキーを始めオールラウンドに楽しみ、特に10月に開催される日本山岳耐久レースには、毎年のように参加しておりました。応援例会で深夜鞘口峠で待つと、元気に御前山から峠に下りてくる姿に感銘しました。
私の例会には5年前の「冠山」が最後の参加でした。個人的には3年前の湯沢で、明日スキーに行こうと酒を傾けて話したのが最後になりました。
カトリック教会で行われた葬儀で御子息様が挨拶を行いました。「5年前に弟(次男氏)を亡くしてから急に弱りました。その後怪我続きの母を見て登山道具を処分しようとすると、また元気になって山に行くのだ。昨年暮れに病が見つかり入院。正月には自宅に帰り、静養したが再入院し亡くなりました。」
働き者の大山さんは最後まで現役(会員)を通して旅立たれました。ご冥福をお祈り申し上げます。
「本会は、自然保護と健全な登山・スキー等を行い、会員相互の親睦を深めることを目的とする。」と規約第3条(目的)でうたっております。
スキーの祭典が2月17~20日福島県猪苗代町で開催されました。昨年までは行っていたバッチテストは今年からはなくなりましたが、スキー好きの初心者から山スキーのベテランまで40名の参加いただき盛り上がりました。
小生は19日伊奈幹事の山スキー班「箕輪山」に参加。箕輪スキー場のリフト乗り継ぎ、シールを貼るが強風と寒気の為、思うように貼れないメンバー数名。急斜面のハイマツ地帯に雪が付き、寒気にカリカリ状態こんな所滑れるかと思いつつ少しずつ登行、強風でバランス失いこける。暫くして伊奈
幹事は撤退を決めUターン、ユックリ慎重に何とか無事ゲレンデに下山した。この時期山スキーは非常に難しい判断が要求され、また装備に万全を期して参加するも、思うようにいかない現実が重くのしかる。20日はフリー滑走班に参加し、普段会うことがないベテランスキーヤーと親睦を深めることが出来た。
今年の大相撲は稀勢の里関の初優勝でスタートした。昨年の最多勝等の安定度がかわれ第72代横綱に推挙され、1月27日明治神宮の奉納土俵入りには18、000人のファンが詰めかけ、19年ぶりの日本人横綱誕生に沸きました。新横綱はただ一度1日のみの休場と聞いております。ただ体が丈夫だけで無く、日頃の節制とたゆまぬ努力の結晶だと思います。これからの活躍を期待いたしましょう。
私ごとで恐縮ですが、以前ですと月数回の例会山行で健康(健康診断のデータ)が保たれておりました。古希を過ぎ診断のデータに一喜一憂するつもりは無いが、これが加齢なのかなと納得しました。医者からは心臓に負荷を掛ける、軽めのジョギングを週何回かしなさいと言われました。昨年9月一
時痛かった膝も治まっており、一念発起し、短距離、短時間の登り坂(下りは膝予防で歩く)ジョギングを始めました。普段例会山行以外、役員会出席や事務所への外出くらいで歩くことが少なく、健康そして美味しいビールを飲むため、少しの努力を続けていければと思うこの頃です。
今年の初例会は1月4日開催。何故4日ですか初出勤日ですよ、3日開催だとお正月で外出出来ないと会員諸氏からお叱りが来るが、本年は4日に計画をした。
京急三崎口駅に集合し、城ヶ島行のバスに乗車する。解散後の行動考慮し計画の逆、城ヶ島からスタートした。白秋碑前のバス停で下車後の朝礼中、鳶が上空を旋回している、1昨年この場所で昼食中お弁当のおかずをさらわれた会員は欠席。前回城ヶ島の右側を歩いたので今回は左側を歩く、岩礁歩きで安房埼灯台を目指す。一人歩けるスペースが続き、所によってはコンクリートの板が斜めに置かれ海を飛び越え、凪で波しぶきも無く難なく安房埼灯台に着いた。早めの昼食後城ヶ島大橋を歩く。海岸に設置された北原白秋の碑は遥か下、金網が高く設置され金網越しに安心して覗けるが、橋の中間辺りは金網が設置されて無く何となく車道よりの歩道歩きになる。宮川湾から毘沙門湾を再度岩礁ハイキングを楽しむ、遥か遠く安房埼灯台が浮かぶ。磯釣り客が賑わう湾を離れ、三浦七福神の一つ白浜毘沙門天(慈雲寺)で今年の安全登山を祈願した。
安全で楽しい登山のために、会員・幹事協力のもと、本年も「安全で楽しい登山のために」をモットーに行動して行きましょう。
昨年は英国の「EU離脱」と米国の次期大統領に「トランプ氏」と大きなニュースが流れました。今年は8年ぶりの共和党のトランプ大統領がスタートします。世界が変わっていきます。
東京野歩路会も百周年に向け、変わっていかなければなりません。長年、神田で開催していた新年会、開催場所を会事務所がある池袋に移し、ビアレストランで気分一新して行います。多くの会員諸氏の参加で盛りあげて行きましょう。また暮れの絵画展・写真展も一時の低迷から抜け出し、新体制のもと、新企画で盛り上がりました。
山嶺の編集作業も改善を進めております。今年度から真島副代表が兼務で編集部長を努め、新スタッフも加わり新規一転、IT化に着手を致しました。只新規作業には追加作業がつきものです。役員諸氏にはWordで計画書、報告書など作成し、ファイル名の統一をお願い致しました。また事務局
も従来メールに添付された、計画書、報告書を印刷し編集部の棚に納めて作業終了でしたが、ファイルデータを整理し、収納する作業が加わりました。これも山嶺の編集作業の合理化の一環と捉え、皆様に御協力いただいております。
キャンセル料について、例会に常時参加いただける、会員諸氏にはご理解いただいておりますが、時々事務局にクレームが入ります。現在は諸般の事情で、一部会員諸氏の協力のもと、小型バスでの例会開催を行っております。一例会一組合との考えで、参加者が均一に費用を負担し、現地精算を行っております。すなわち例会申込時「一組合」に加入と捉えます。参加取消しましたら、キャンセル料は組合脱退ですから発生致します。趣旨をご理解いただき,本年も沢山の例会に参加いただきますよう、お願い申し上げます。